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BTシャント 術後

2007.12/13
病棟から連絡もなく朝になる。
術後の急変しやすい12時間を乗り越えてくれた。

朝の面会は8時からの15分間。
「おはよう。夕べも頑張ったね~」と頭を撫でて朝の挨拶。
顔は昨日より浮腫んでいた。

I先生が昨晩からの様子を教えてくれる。
出血は治まってきていておしっこも出ているのでこのまま落ち着いてくれれば、と。
そして昨日の説明で分からなかったことを、図解で説明してもらう。
旦那はよほど不安だったのか、この時ようやく安心できたらしい。

午後の面会は12時、16時、19時頃に行った。
午後には血液が肺に流れやすくなっているようで、点滴の薬を新たに増やしたり窒素で調節をしていた。
術後の予想範囲内ではあるけれど、目を離せない状態とのことだった。

12/14
この日も一日4回の面会。
特に大きな変化はなく、安定している。
旦那は翌日から仕事のため帰宅。

12/15
少しだけ目元の浮腫みがとれてきたような。
顔や体の浮腫み=内臓の浮腫み。
内臓が浮腫んでいると心臓に負担がかかる。
でも今必要な点滴類で身体には水分がどんどん入っていく。
「頑張っておしっこで水分出すんだよ~」と頭をなでなで。

唇がガサガサに乾燥してたので、プロペトを塗ってもらう。

週末のため、閉胸は18日予定となる。

12/16
午後に旦那も面会に来る。
大きな変化はなく落ち着いているが、口から食道に入れてる食道温計が35度後半~36度くらいと少し高い。
タオルや空調で様子をみる。

12/17
相変わらず食道温計の体温が下がらず。
空調と氷枕で表面の体温は冷えてるのに・・・。

予定通り、翌18日に閉胸手術をすることに。
I先生より手術説明を受ける。

これもまた予想外の波乱の一日となった・・・。
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BTシャント 手術当日

2007.12/12
BTシャント当日、いろんな意味で忘れられない一日になった。

朝、7時半に病院へ到着。
8時になるのを待ってから病室へ。

8時半のオペ出しの時間まで旦那と交代で抱っこ。
キレイな胸を撫でながら「ここに傷がついちゃうんだねぇ・・・」とちょっとしんみり。
先生と看護師さんが呼びに来てから、旦那が抱っこしてオペ室入り口まで向かった。

「頑張ってきてね。待ってるから必ず帰ってきてね」と頭と頬を撫で、指で握手をしてから看護師さんにヒカルを預けた。
ヒカルは特に泣くこともなく、これから何がおこるか分からないままオペ室の中へ連れて行かれた。
旦那と二人でヒカルが見えなくなるまで見送った。

BTシャントは動脈管がなくなっても肺動脈に血液が流れるようにする、いわゆる姑息手術。
大動脈と肺動脈を人工血管(シャント)で繋げて血流を確保する。
(余談ですが、手術名は簡単に言うと、BさんとTさんが考えたシャント術なのでBTシャントといいます。)

ヒカルの場合、肺動脈が左右に分かれているので、そこも一本に繋げなくてはならない。
肺動脈が離れている間隔が広いとゴアテックスのような人工物を入れるが、短ければ肺動脈同士を繋ぎ合わせる。
これは開胸してみないと分からない。
しかも、成長とともに血管は大きく太くなるが、人工物は変形はしても大きくはならない。
できれば自己血管での形成が望まれた。

心外の担当医はI先生だけれど、主に執刀するのは有名なS先生。
この時はまだお会いしてなかったけど、無事に終わるよう祈る気持ちでいっぱいだった。

手術は10時開始、16時頃終了の予定。
旦那と交代で食事へ行き、あとは家族控え室でひたすら待機。
雑誌を読んだり、なんとなくTVをつけたり、持ってきたゲームをやってみたり・・・。
でもどれも集中できず。

そして予定時間を1時間過ぎた頃、先生から説明があると呼ばれ面談室へ。
I先生かと思いきや、初めましてのH先生。

「S先生が手を離せないので僕が変わりに説明させていただきます」と始まったお話。
予定通りシャントをつけ、肺動脈も自己血管を繋ぎ合わせることができた。
そこで一度S先生も手を置いたが、サチュレーションが60台からなかなか上がってこない。
経過をみていたら更にサチュが下がったので、これはどこかに原因があるということで、今その原因を確認しています、ということだった。

一気に私達にも緊張が走り、重い沈黙になってしまった。
そしてまた家族控え室へ。
私達の他にも何家族か手術待ちをしていたけれど、その人達がいなくなってもヒカルのオペは終わらなかった。
この日の中で一番時間が長く感じた・・・。

ようやく終わったと連絡がきたのは19時も過ぎたころ。
CCUでヒカルに面会できたのは20時。
そこで初めてS先生にお会いした。

S先生のお話では、サチュが上がらなかった原因はシャントの縫いつけ方が悪かったのだそう。
シャントの縁を縫っていた糸が一部分反対側も一緒に縫ってしまい、血管断面が円形になるところ、眼鏡のように小さな二つの円になってしまっていた。
そのため一度つけたシャントを切って新たにつけ直したら、サチュが回復した。

直径3mmの人工血管を縫うのだからとても難しいし大変なのは分かる。
でもこの時は正直「勘弁して・・・」と思った・・・。
ヒカルが頑張ってくれて本当によかった・・・。
先生も長時間頑張ってくださったのに、ごめんなさい。

ヒカルは緊急時のために胸を開いたままの状態。(人工皮膚をはりつけてある)
顔には人工呼吸器と鼻から胃まで入っているチューブ(NG)、胸からは出血や胸水を出すドレーン、手や足には輸血や鎮静剤その他諸々の点滴。
いろんな医療器具に埋もれるように小さいヒカルは眠っていた。

「たくさん頑張ったね。えらかったね。おつかれさま」
私と旦那は触れられるわずかな頭や頬を撫でながら褒めてあげた。
なんとか無事に終わってくれてよかった。本当によかった。

そしてこの日から2週間病院に泊り込むことに。
病棟から内線電話がかかってこないことを祈って眠りについた。
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BTシャント 術前

ヒカルが生後1ヶ月で受けたBTシャント手術。
当時の説明資料や私の日記を見て復習がてらお話をしたいと思います。

2007.11/21
静岡こども病院へ転院。
動脈管を開けておくため、プロスタグランディンの点滴は継続中。
肺に血液が多めに流れている為、窒素ガスを開始。
黄疸が少し強めに出たので光線療法を行う。
ミルクは70ml×8回。

11/25
浮腫みをとるため利尿剤開始。
私が見てもビックリするほど顔が浮腫んでた
サチュが理想は70後半~80前半のところ、90台後半になることも・・・。
ミルクが60ml×8回に減る。

11/27
初のカテーテル。
カテーテル自体は無事に終わったが、術中2回不整脈が出た。
1回目は薬で、2回目は電気で発作を抑えたとのこと。
胸に電気を使った赤い痕があって痛々しい・・・。

2本ある動脈管は、右は太いが左は細くなっていた。
共通房室弁の逆流の確認は、心臓内部にカテーテルを入れるので3回目の不整脈出る危険があり中止。
エコーではあまり逆流が出ていなかったから大丈夫だろう、とのこと。
BTシャントは出来そうなので、心臓外科の先生とカンファレンスしてオペの話をつめていくことに。

あと、点滴が漏れて左足の甲も裏もパンパンに腫れてしまい、看護師さんが謝りにきた。

11/28
面会へ行けなかったので電話で先生と話す。
14時過ぎにサチュが急激に下がったのでエコーをすると、昨日は開いていた右の動脈管が閉じかけていて左へばかり血液が流れていた。
窒素を中止し、プロスタグランディンを5倍に増やしたら1mmが2mmに広がったので様子をみる。
手術が12/4予定になったけれど、それまで動脈管も体力ももつのか心配に・・・。

11/29
プロスタグランディンが昨日の5倍から更に倍に増やされる。
プロスタグランディンは副作用として、風邪っぽい症状が出たり無呼吸が起こったりすることがある。
微熱っぽいのか目も潤みがち。
増やさないと動脈管を保てないのは分かっているけど、急に薬が増えたので無呼吸がおきないか心配・・・。
発作が起きた時アラーム慣れしてる看護師さんが気付いてくれるんだろうか・・・と不安になる。
一週間ぶりに抱っこをさせてもらい、寝かしつけてから帰宅。

11/30
心電図・エコー検査をする。
特に変わりなく安定している。

12/2
心外の担当医・N先生から手術説明を受ける。
BTシャントに加え、肺動脈形成術も行う予定。
手術は(この時点で)12/4に決定。

12/3
先生から電話があり、急患のため翌日の手術が延期になる。
しかもCCUが満床で一般病棟の個室へ転棟・・・。
うちの子だけが患者じゃないから仕方がないけど、手術に向けて気持ちを持っていってただけにガッカリ

この頃のヒカル。
バイキン
旦那の友達に「顔にバイキンがついてるぞ」って言われた(笑)

12/7
先生から電話で、新たな手術日が12/12に決まったと連絡を受ける。

12/8
面会へ行けなかったので電話で様子を確認。
夜中に38度の熱が出るが、氷まくらで36度8分まで下がる。

12/11
麻酔科の先生の説明の後、心外の先生から改めて術前説明がある。
手術日程が変わったら担当医もN先生からI先生に変更になった。
手術内容には特に変更はなし。
いっぱいヒカルを抱っこして寝かしつけてから帰宅。

翌日の手術当日は、本当に本当に長い一日になった・・・。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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