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出産、そして転院

切迫早産で入院中、軽い出血があったり、張り止めの点滴を抜いた張り返しで定期的にお腹が張ったりしたけれど、結局陣痛がきたのは妊娠39週になってから。

2007年11月12日、旦那立会いのもと正常分娩で長男・ヒカルを出産しました

体重は2928gと、妊婦健診の時に言われてた推定体重2500gより大きく生まれてきてくれました。
心臓病とは思えないほど元気で大きな泣き声。
少しだけ抱っこさせてもらって、声をかけたらニコッと笑ってくれて可愛かった~(*´艸`*)

それもほんの僅かな時間で、処置があるためヒカルはすぐにNICUへ。
旦那が手続きや説明を受けに行っている間、私は疲れた身体を休めながら無事に生まれた安堵感にひたっていました。

ヒカルは、動脈管を開けさせておくためプロスタグランディンの点滴投与が開始。
動脈管が閉じてしまうと肺への血流がなくなるので生きていられません。
まさに命綱の血管。

他にもスクリーニング検査やレントゲン、血液検査、CTを数日かけて行いました。

そして、新たに肺動脈欠損、両側動脈管ということも判明。
肺動脈欠損は稀な症例らしく、治療が難しいと。
1万人に1人の確立で無脾になり、更に稀な肺動脈欠損・・・。
息子はかなりクジ運が悪いようです・・・。

改めて息子の病気の重さを再認識し、説明を受けた日の晩は久々に泣きました。
それでも胸は張ってくる。
赤ちゃんに直接母乳をあげてるママさん方の隣りで、NICUにいる息子を思いながら搾乳をしました。
「母乳でできるだけ沢山の免疫をあげないと」
その気持ちだけで疲れる搾乳も頑張り、私の退院後も毎日母乳を持って面会に行きました。

幸い、ヒカルの容態が急変しなかったのと哺乳力がしっかりしていたことがあって、2回だけ直接母乳をあげることができました。
水分制限で直接母乳はできないと思っていたので、とても嬉しかったです

そして生まれてから9日目の11/21、先生に付き添われて救急車で静岡こども病院へ転院となりました。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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