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病気の告知

息子の病気は妊娠中に分かりました。

切迫流産とひどいつわりが治まって、安定期に入った妊娠19週(5ヶ月後期)。

通っていた産婦人科病院でお腹の子が「右胸心」と分かり、地元の医科大学病院へ2泊3日で検査入院することに。
血液検査や胎動や心拍・お腹の張りを調べるNSTのモニター、胎児エコー、MRI、染色体を調べるための羊水検査をやりました。

そして、無脾症候群・単心房・単心室・共通房室弁・右胸心だということがこの時点で分かりました。

羊水検査は結果が出るまでに2週間ほどかかったので、結果が出る前に先生からは「もし染色体にまで異常があったら積極的な救命処置はしません」と言われてしまいました。
実際の結果は「XY46」で異常なしでしたが。

検査入院をする前には「無脾」「右胸心」と覚えてる範囲の単語をネットで検索しました。
点滴、検査や手術、定期的なカテーテル、在宅酸素、中には残念ながら亡くなってしまったり・・・。
調べれば調べるほど厳しいことばかりで、こんなに辛くて痛くて苦しい思いを沢山させなきゃいけないなんて、お腹の子は生まれてきて幸せだと思える人生を送れるだろうか、私が妊娠初期の生活で何か悪いことをしたんだろうかと、何度も同じ事をぐるぐる考え、入院までの4日間泣き通しでした。
さすがに旦那が見かねて「身体に障るから検査結果が出るまでもう調べるな」と言ったほど。

“積極的な救命処置はしません”

この言葉がこの時の私にはどれだけ重かったか・・・。

退院後は心配したお互いの両親の意見やら私達の複雑な思いやらで、またいろいろぐちゃぐちゃになりましたが、旦那と話し合った結果、大変な病気だけど頑張って育てていこうと決めました。

お腹の中で出来るだけ大きく育てて手術に耐えられるだけの体力をつけさせてあげよう。
辛い思いをさせることが沢山あると思うけど、生まれたことに“幸せ”を感じるかどうかは本人にしか分からない。
だったら「生まれてきて良かった」と思わせられるほど、大事に育てていこう。
どんな未来であっても後悔はしたくないから、と。

これだけのことを決意するのに本当に沢山の勇気がいりましたが、いざ腹をくくったらそれまでくよくよ余計なことまで考えていた日々がなくなって気持ちも浮上し、前向きに頑張れるようになりました。
その後、静岡こども病院へも行って診察を受け、出産は地元で、出生後に静岡へ転院することを決めてきました。

更にその後には切迫早産にもなり、結局医大で2ヶ月間24時間点滴の入院生活になってしまいましたが(^_^;)

思い描いていたマタニティライフとは全く違ってしまったけれど、長期入院の際には心強いママ友達も出来たし、嬉しいこともありました。
息子の病気も、出産後に分かるよりは早期に見つけてもらえたおかげで前もって準備もできたし知識も得られた。
病院同士で連携もとってもらえたので良かったと思います。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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