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閉胸手術

2007.12/18
午後から術後の緊急時対応のために開けたままにしておいた胸を閉じる手術を行った。
担当医のI先生は別の手術のため、F先生とN先生の執刀。

閉胸手術のリスクは、出血、人工血管閉塞、長期で開胸したままによる感染、肺合併症。
生命リスクはかなり低いとのことだった。

私達も手術といっても胸を閉じるだけだから、と私だけで待機することに。
でもこの考えが甘かったと後で後悔する・・・。

手術は13時から2時間ほどの予定。
CCUから直接エレベーターでオペ室へ向かったため、CCUでお見送り。
「お父さんはお仕事でいないけど、ママはちゃんと帰ってくるの待ってるから頑張ってね」と頭と頬を撫でてあげた。

そしてオペ室横の家族控え室で待機。
けれど、予定の2時間を過ぎても終わったという連絡がない。
少し不安になりながらも、手術は予定時間オーバーするのは当たり前なのかもと思っていた。

そして3時間が経とうとするころ、私からの連絡がないのを心配した旦那からメール。
そのメールを返信してる時に、ようやく看護師さんが「先生の説明がある」と呼んでくれた。

説明に来てくれたF先生の口からは「結論から言いますと、閉じられませんでした」と予想外の言葉が。
“無事に閉じられました”という言葉が出てくると思っていた私は、思わず「えっ!?」。

説明によると、通常はシャントがしっかりついているか、圧迫されていないか等いろいろ確認してから胸を閉じていく。
ところが、その確認をする前にヒカルの心拍や血圧、サチュが突然どれも40台まで急激に下がったという。
その原因不明の発作が二度も起こった。
薬の点滴で2回とも持ち直したが、3回目が起こったら危険な状態になる。
生命維持を最優先にして閉胸は中止しました、と。

そして「僕は10年この病院にいますが、無脾のお子さんの閉胸でこういう発作が起こった例は過去2人しかいません」と言われた。
発作の原因はその時も分からなかったらしい。
他の病気では起こらず無脾の子だけに起こるので、何らかしら無脾の症状が起因しているとは考えられるが、無脾症候群自体まだ未知なことが多いからなんとも言えない。
今回も調べてみるがおそらく原因は分からないと思う、と。

無脾の子が多く通うこの病院でも過去に二例しかないって・・・。
うちの息子はどれだけ稀な子なのか・・・。
そういう事は特別じゃなくていいのに。

加えて「心臓の負担を減らして休ませるために人工心肺をつけました。大きな機械があるからびっくりしないでくださいね」と更に追い討ち。

“人工呼吸器”じゃなくて“人工心肺”・・・。

もう頭の中が真っ白で、面談室を出た後、説明に立ち会っていた看護師さんに「お母さん、大丈夫ですか?」と声を掛けられて我に返った。
「・・・とりあえず主人に連絡してきます・・・」とだけ答えるのがやっとだった。

旦那に電話で「閉じられなかった」と伝えると「時間がかかってるからイヤな予感はしたんだ」と言った。
続けて先生に言われたことを話していくうちに、どれだけ今が危険な状態かだんだん実感がわいてきて涙が出てきた。
旦那に「なんで」「どうして」と聞かれても「分からない」としか答えようがなく。

CCUに戻ってきたヒカルに会いに行くと、オペ室へ行く前より多くの点滴に囲まれ、先生が言った通り大きな人工心肺装置がベッドの足元にあった。
ヒカルの顔に手をあてると温かくて、生きてる安堵感ともう目を開けないんじゃないかという恐怖で涙が止まらなかった。

旦那もすぐ病院に駆けつけてくれて、一人で心細かった私は少しホッとした。
「お父さんがいなくて寂しかったんだね。来てくれたよ。よかったね」とヒカルに声をかけてあげた。
旦那もヒカルの顔を見て少し安心したのか「こういう呼び出し方は勘弁してくれよ」と言って撫でていた。

その後I先生が来て今回の状況とヒカルの容態、今後のことを説明。
2・3日様子をみて人工心肺から離脱、その後また数日様子をみてから再度閉胸、ということに。

この晩は旦那も泊り込み、シャント手術の時以上に不安な夜を過ごした。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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