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BTシャント 手術当日

2007.12/12
BTシャント当日、いろんな意味で忘れられない一日になった。

朝、7時半に病院へ到着。
8時になるのを待ってから病室へ。

8時半のオペ出しの時間まで旦那と交代で抱っこ。
キレイな胸を撫でながら「ここに傷がついちゃうんだねぇ・・・」とちょっとしんみり。
先生と看護師さんが呼びに来てから、旦那が抱っこしてオペ室入り口まで向かった。

「頑張ってきてね。待ってるから必ず帰ってきてね」と頭と頬を撫で、指で握手をしてから看護師さんにヒカルを預けた。
ヒカルは特に泣くこともなく、これから何がおこるか分からないままオペ室の中へ連れて行かれた。
旦那と二人でヒカルが見えなくなるまで見送った。

BTシャントは動脈管がなくなっても肺動脈に血液が流れるようにする、いわゆる姑息手術。
大動脈と肺動脈を人工血管(シャント)で繋げて血流を確保する。
(余談ですが、手術名は簡単に言うと、BさんとTさんが考えたシャント術なのでBTシャントといいます。)

ヒカルの場合、肺動脈が左右に分かれているので、そこも一本に繋げなくてはならない。
肺動脈が離れている間隔が広いとゴアテックスのような人工物を入れるが、短ければ肺動脈同士を繋ぎ合わせる。
これは開胸してみないと分からない。
しかも、成長とともに血管は大きく太くなるが、人工物は変形はしても大きくはならない。
できれば自己血管での形成が望まれた。

心外の担当医はI先生だけれど、主に執刀するのは有名なS先生。
この時はまだお会いしてなかったけど、無事に終わるよう祈る気持ちでいっぱいだった。

手術は10時開始、16時頃終了の予定。
旦那と交代で食事へ行き、あとは家族控え室でひたすら待機。
雑誌を読んだり、なんとなくTVをつけたり、持ってきたゲームをやってみたり・・・。
でもどれも集中できず。

そして予定時間を1時間過ぎた頃、先生から説明があると呼ばれ面談室へ。
I先生かと思いきや、初めましてのH先生。

「S先生が手を離せないので僕が変わりに説明させていただきます」と始まったお話。
予定通りシャントをつけ、肺動脈も自己血管を繋ぎ合わせることができた。
そこで一度S先生も手を置いたが、サチュレーションが60台からなかなか上がってこない。
経過をみていたら更にサチュが下がったので、これはどこかに原因があるということで、今その原因を確認しています、ということだった。

一気に私達にも緊張が走り、重い沈黙になってしまった。
そしてまた家族控え室へ。
私達の他にも何家族か手術待ちをしていたけれど、その人達がいなくなってもヒカルのオペは終わらなかった。
この日の中で一番時間が長く感じた・・・。

ようやく終わったと連絡がきたのは19時も過ぎたころ。
CCUでヒカルに面会できたのは20時。
そこで初めてS先生にお会いした。

S先生のお話では、サチュが上がらなかった原因はシャントの縫いつけ方が悪かったのだそう。
シャントの縁を縫っていた糸が一部分反対側も一緒に縫ってしまい、血管断面が円形になるところ、眼鏡のように小さな二つの円になってしまっていた。
そのため一度つけたシャントを切って新たにつけ直したら、サチュが回復した。

直径3mmの人工血管を縫うのだからとても難しいし大変なのは分かる。
でもこの時は正直「勘弁して・・・」と思った・・・。
ヒカルが頑張ってくれて本当によかった・・・。
先生も長時間頑張ってくださったのに、ごめんなさい。

ヒカルは緊急時のために胸を開いたままの状態。(人工皮膚をはりつけてある)
顔には人工呼吸器と鼻から胃まで入っているチューブ(NG)、胸からは出血や胸水を出すドレーン、手や足には輸血や鎮静剤その他諸々の点滴。
いろんな医療器具に埋もれるように小さいヒカルは眠っていた。

「たくさん頑張ったね。えらかったね。おつかれさま」
私と旦那は触れられるわずかな頭や頬を撫でながら褒めてあげた。
なんとか無事に終わってくれてよかった。本当によかった。

そしてこの日から2週間病院に泊り込むことに。
病棟から内線電話がかかってこないことを祈って眠りについた。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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