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服用中の薬

ヒカルが飲んでいる薬。
今飲んでいるのは全部で6種類。

・バクタ
抗生剤。細菌による感染症を治療する。

・フェノバール
痙攣を抑えたり、不安や緊張を鎮める薬。
IPAS手術後、脳内出血による痙攣を起こしたので予防のため服用。

・パナルジン
血液の流れをスムーズにする薬。
血栓予防。
グレン後アスピリンから変更。

・レニベース
血圧を上げるアンジオテンシンができるのを抑える薬。
抹消血管を拡げたり、血圧を下げたり、心臓の働きを助ける。

・ラシックス・アルダクトン
利尿剤。
尿の量を増やし体内の余分な水分等を排泄して、血圧を下げたり、浮腫みをとる。

・アンカロン
心筋の興奮を鎮め、脈拍のリズムの乱れを整える薬。
不整脈予防。



朝晩、水かぬるま湯でスポイトで飲ませています。
パナルジンだけは苦くて嫌がるので、ノンシュガーのマービーを使っています。

あと、IPAS手術後不整脈薬としてインデラルも服用していたのですが、血糖値を下げる副作用で低血糖の発作・痙攣をおこしたため中止しました。

いろいろな味が分かる年齢になってきたので、薬を飲むことをたまに嫌がる時があります。
それでも一口飲めば続けて全部飲んでくれるので助かってます。
スポイトなしで飲めるようになるのはいつかな~。
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根治を目指して

ヒカルが救急車で運ばれた後を追いかけるように、旦那と私も静岡こども病院へ。
簡単な検査が終わってからヒカルと面会し、循環器の先生から病状の説明と今後の治療についてのお話を受けた。

既に知っていることは復習のつもりで落ち着いて聞いていたけど、リスクや生存率の話になったら聞くだけで精一杯で、説明してもらってる最中にもかかわらず、涙がボロボロ。

この病気は単心房・単心室のため、酸素の多い血液と酸素が減った血液が心臓で混ざり合ってしまい、血中の酸素飽和度(サチュレーション/SpO2)が低くなり、チアノーゼ(皮膚や唇、爪などが青紫色になる状態)がでる。
サチュレーションは健康な人で98~100%。
この時点でヒカルのサチュは80台。

サチュがあまりにも低い状態が続くと脳や腎臓・肝臓といった重要な臓器に深刻な影響を及ぼす。
脳障害・腎不全・肝不全・・・。
末梢に十分な酸素がいかなければ細胞が壊死して指が使えなくなることもある。
手術の後遺症などで正常なリズムで心臓を動かすことができなくなる房室ブロックになったり、重度の不整脈の場合はペースメーカー。

次から次へと怖い話ばかりされて、病気と闘う決意をしていたのに早くも折れてしまいそうでした・・・。

でも面会に行く度にとても小さな身体で頑張って生きようとしている息子の姿を見て、まだこれからなんだからしっかりしないと!と気合いを入れ直しました。

最初に説明を受けた手術の予定は
1.BTシャント手術
2.グレン手術
3.フォンタン手術

順調にいけばこの3回で根治になる、と。
正常な心臓にすることできないけれど、ある程度の制限はありつつも普通の生活を送れるようになれるそうです。

現在3回の手術を受けましたが、まだフォンタンにたどりついていません・・・。
でも諦めずに頑張ってます!
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出産、そして転院

切迫早産で入院中、軽い出血があったり、張り止めの点滴を抜いた張り返しで定期的にお腹が張ったりしたけれど、結局陣痛がきたのは妊娠39週になってから。

2007年11月12日、旦那立会いのもと正常分娩で長男・ヒカルを出産しました

体重は2928gと、妊婦健診の時に言われてた推定体重2500gより大きく生まれてきてくれました。
心臓病とは思えないほど元気で大きな泣き声。
少しだけ抱っこさせてもらって、声をかけたらニコッと笑ってくれて可愛かった~(*´艸`*)

それもほんの僅かな時間で、処置があるためヒカルはすぐにNICUへ。
旦那が手続きや説明を受けに行っている間、私は疲れた身体を休めながら無事に生まれた安堵感にひたっていました。

ヒカルは、動脈管を開けさせておくためプロスタグランディンの点滴投与が開始。
動脈管が閉じてしまうと肺への血流がなくなるので生きていられません。
まさに命綱の血管。

他にもスクリーニング検査やレントゲン、血液検査、CTを数日かけて行いました。

そして、新たに肺動脈欠損、両側動脈管ということも判明。
肺動脈欠損は稀な症例らしく、治療が難しいと。
1万人に1人の確立で無脾になり、更に稀な肺動脈欠損・・・。
息子はかなりクジ運が悪いようです・・・。

改めて息子の病気の重さを再認識し、説明を受けた日の晩は久々に泣きました。
それでも胸は張ってくる。
赤ちゃんに直接母乳をあげてるママさん方の隣りで、NICUにいる息子を思いながら搾乳をしました。
「母乳でできるだけ沢山の免疫をあげないと」
その気持ちだけで疲れる搾乳も頑張り、私の退院後も毎日母乳を持って面会に行きました。

幸い、ヒカルの容態が急変しなかったのと哺乳力がしっかりしていたことがあって、2回だけ直接母乳をあげることができました。
水分制限で直接母乳はできないと思っていたので、とても嬉しかったです

そして生まれてから9日目の11/21、先生に付き添われて救急車で静岡こども病院へ転院となりました。
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病気の告知

息子の病気は妊娠中に分かりました。

切迫流産とひどいつわりが治まって、安定期に入った妊娠19週(5ヶ月後期)。

通っていた産婦人科病院でお腹の子が「右胸心」と分かり、地元の医科大学病院へ2泊3日で検査入院することに。
血液検査や胎動や心拍・お腹の張りを調べるNSTのモニター、胎児エコー、MRI、染色体を調べるための羊水検査をやりました。

そして、無脾症候群・単心房・単心室・共通房室弁・右胸心だということがこの時点で分かりました。

羊水検査は結果が出るまでに2週間ほどかかったので、結果が出る前に先生からは「もし染色体にまで異常があったら積極的な救命処置はしません」と言われてしまいました。
実際の結果は「XY46」で異常なしでしたが。

検査入院をする前には「無脾」「右胸心」と覚えてる範囲の単語をネットで検索しました。
点滴、検査や手術、定期的なカテーテル、在宅酸素、中には残念ながら亡くなってしまったり・・・。
調べれば調べるほど厳しいことばかりで、こんなに辛くて痛くて苦しい思いを沢山させなきゃいけないなんて、お腹の子は生まれてきて幸せだと思える人生を送れるだろうか、私が妊娠初期の生活で何か悪いことをしたんだろうかと、何度も同じ事をぐるぐる考え、入院までの4日間泣き通しでした。
さすがに旦那が見かねて「身体に障るから検査結果が出るまでもう調べるな」と言ったほど。

“積極的な救命処置はしません”

この言葉がこの時の私にはどれだけ重かったか・・・。

退院後は心配したお互いの両親の意見やら私達の複雑な思いやらで、またいろいろぐちゃぐちゃになりましたが、旦那と話し合った結果、大変な病気だけど頑張って育てていこうと決めました。

お腹の中で出来るだけ大きく育てて手術に耐えられるだけの体力をつけさせてあげよう。
辛い思いをさせることが沢山あると思うけど、生まれたことに“幸せ”を感じるかどうかは本人にしか分からない。
だったら「生まれてきて良かった」と思わせられるほど、大事に育てていこう。
どんな未来であっても後悔はしたくないから、と。

これだけのことを決意するのに本当に沢山の勇気がいりましたが、いざ腹をくくったらそれまでくよくよ余計なことまで考えていた日々がなくなって気持ちも浮上し、前向きに頑張れるようになりました。
その後、静岡こども病院へも行って診察を受け、出産は地元で、出生後に静岡へ転院することを決めてきました。

更にその後には切迫早産にもなり、結局医大で2ヶ月間24時間点滴の入院生活になってしまいましたが(^_^;)

思い描いていたマタニティライフとは全く違ってしまったけれど、長期入院の際には心強いママ友達も出来たし、嬉しいこともありました。
息子の病気も、出産後に分かるよりは早期に見つけてもらえたおかげで前もって準備もできたし知識も得られた。
病院同士で連携もとってもらえたので良かったと思います。
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息子の病名

息子の当初の病名です。

あまりの多さに最初は理解するのも受け入れるのも大変でした。
・・・あと覚えるのも(^_^;)

医学に関しては素人なので間違った理解や記述がありましたらご指摘ください。
加筆・訂正いたします。

先生に書いていただいたものをもとに、私が書いた心臓の図です。

<正常な心臓>
正常な心臓

<ヒカルの心臓>
ヒカルの心臓



・無脾症候群
1万人に1人の重症心疾患。
本来ならば各内臓は左右非対称だが、妊娠初期の段階で左右対称に形成されてしまうことがある。
右側と同じように作られたかのような状態になるのが「無脾」。
脾臓は左側の臓器なので、右側形成になると作られないことが多い。
逆に左側形成になると、脾臓がブドウのような形になる「多脾症候群」となる。

脾臓は主に免疫機能をつかさどり、他にも古くなった赤血球を取り除いたりしている。
そのため無脾症の場合は感染への免疫力が非常に低く、風邪でも重症化しやすくなり注意が必要。
複雑心奇形や様々な疾患を伴うので総称となっている。

・単心房
正常な心臓には右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋がある。
しかし心臓の形成段階で左右の心房の間に中隔が作られない、もしくは片方の部屋しか作られなかった場合単心房になる。

・単心室
心房と同じく、心室がひとつになっている、もしくはひとつしか作られなかった状態。

・共通房室弁
本来は右心房と右心室の間に三尖弁、左心房と左心室の間に僧帽弁という血液が逆流しないようにする弁があるが、心房と心室がひとつずつしかないため、弁もひとつになる。

・房室弁逆流
正常な弁と比べ、整った形をしておらず形状も弱いため、血液の逆流が起こっている状態。
逆流が抑えきれない場合、人口弁にすることもある。

・肺動脈弁閉鎖
肺動脈は、酸素が減った血液が心臓から肺へ流れていく血管。
その入り口である弁が閉じている状態。

・総肺静脈還流異常
肺静脈は、肺で酸素を取り込んだ血液が心臓へと流れていく血管。
本来その血管は肺から左心房へと繋がっているが、左心房ではない別の静脈系に繋がっている状態。

息子の場合は心房に繋がっている。
心臓の後ろ側にあるため、成長していくにつれ心臓と背中に圧迫される難しい形をしている。

・両側動脈管
胎児の時にだけある肺動脈と大動脈を繋ぐ血管。
本来は1本なのが2本ある状態。
通常、生後数時間~3日程度で閉じて衰退する。

・肺動脈欠損
肺動脈が1本になっていない状態。

息子の場合、肺動脈の真ん中で左右に分断されている。

・右胸心
正常な心臓は胸の中心あたりから左向きだが、右胸心は右向き。

・右側大動脈弓
本来、大動脈は左側に弓なりになっているが、右側になっている。



改めて書くとこんなにあったんだなぁ。
成長していくにつれ、更に増えたけど・・・。

同じ無脾や疾患名でもそれぞれいろんな形・状態になります。
まさにオリジナルの身体。
みんな違う病状を、その人その人に合わせて治療していく先生方はすごいです。
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バンビ

Author:バンビ
先天性心疾患(無脾症候群)の息子・ヒカルと娘・ひなた、主人と私・バンビの家族の日記です。
ヒカルは2010年11月にフォンタンを終えて現在5歳。
幼稚園年長さんです。

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